華岡青洲の妻
  

日本映画・補遺③ 
   
   Hanaokat

                                   著者  宮嶋 八蔵
昔々、大映で有吉佐和子原作「華岡青洲の妻」が増村保造監督により撮影されていた頃の、商業紙の娯楽欄に掲載された記事です。】

 有吉佐和子原作「華岡青洲の妻」が大映京都撮影所で撮影されていたとき、舞台にも上がり、テレビでも放送されるとあって、映画も増村保造監督、市川雷蔵、若尾文子、高峰秀子の主演と豪華メンバーで対抗しているが、もう一つ、ほかのものに負けられないと意欲を燃やしているのが美術館系のスタッフ。世界で初めて全身麻酔による乳ガンの手術に成功した青洲の周辺を、完全な忠実さでがっちり固め上げようとしている。・…と当時の日刊紙が娯楽欄で紹介していた。しかも小見出しを『宮嶋八蔵氏が中心』と立てて、下記のように書いている。

 その中心となっているのは、チーフ助監督の宮嶋八蔵氏。昭和二十七年の「西鶴一代女」以来、故溝口健二監督の助監督としてみっちりしぼられてきただけに、史実考証についてはいま京都の映画人でナンバー・ワンといわれているが、本人は「考証のための考証ではない、演出家がどのようなドラマにも仕上げられるための材料を用意するのであって、ドラマを強くするささえなのだ。」と力説する。

 こうした綿密な考証が、増村演出の大きな支えとなっている。「これは広い意味の女の一生で、単なる記録にとどまってはつまらないと思うが、画調はドキュメンタル〔記録的〕なものにして、その事実から観客に女の執念とか、文明や人間の発展とかを考えてもらうようにしたい。だから構図も誇張を避けているし、クローズアップもドラマチックになるので、なるべくカメラを人物から引き、沈んだ客観的な調子を出している」と語る増村監督にとって、この宮嶋助監督の協力ぶりは、まさに“縁の下の力持ち”ということばがピッタリといえよう。
 「溝口先生がむかしいわれた『何百万人の観客のたった一人からでもウソだといわれたらダメなんだ』ということばを、いまだにぼくは忘れない。と宮嶋助監督は語るのだ。と結んでいる。

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 右端が増村保造監督、真ん中が宮嶋八蔵チーフ助監督

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 右端が宮嶋八蔵チーフ助監督、右から三人目が増村保造監督

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 当時のブロマイドより 向かい合う高峰秀子と若尾文子の二人

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 当時のブロマイドより
                                      
                               口述筆記   竹田 美寿恵

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