噂の女
  
噂の女

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    平成20年9月

                                 著者         宮嶋八蔵
                                 口述筆記    竹田美壽恵
                            ホームページ担当   勝 成忠
 

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   写真 1


    スタッフ

企画

辻久一

脚本

依田義賢・成沢昌茂

撮影

宮川一夫

助監督

広津三男・多田英憲・宮嶋八蔵

音楽

黛敏郎

美術

水谷浩

照明

岡本健一

録音

大谷厳

編集

菅沼完二

制作主任

橋本正嗣

扮装

上野芳生

能楽

片山九郎右衛門

狂言

茂山忠三郎・茂山千五郎

能狂言

演出補導

小寺金七

鴨川おどり

雪姫・春雨・   京都先斗町芸妓連中

装置

山本宇一郎

装飾

中島竹次郎

背景

大田多三郎

美粧

小林昌典

結髪

花井りつ

衣裳

長谷川綾子

演技事務

千賀龍三郎

スチール

浅田延之助

撮影助手

田中省三

録音助手

江村恭一

照明助手

中岡源権

美術助手

内藤 昭

移動効果

柴田 裕

記録

木村恵美

進行

小澤 宏

 

 

    

出演

田中絹代

(馬渕初子)

大谷友右衛門

(的場謙三)

久我美子

(馬渕雪子)

進藤英太郎

(原田安市)

浪花千栄子

(お咲 )

峰 幸子

(千代)

阿井三千子

(相生太夫)

橘 公子

(薄雲太夫)

小柳圭子

(美車太夫)

若杉曜子

(玉琴太夫)

長谷川照容

(如月太夫)

大美輝子

(尾上太夫)

 


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  1)このシナリオは依田さんと成沢さん(内弟子)の共同作品であります。いつものように準備稿、第一稿、第二稿はありません。決定稿から始まりました。それでも現場の黒板システムはありました。いつもはその台本の紹介から始まるのですが、その台本が、いくら探しても見つかりません。溝口先生から教わった考えは、現在は時と共に歴史となりつつあります。
 現在は過去の歴史の創作物であります。そこで「噂の女」も現在劇の範疇に入りますがそれは島原遊郭の歴史が支えている現在であります。ビデオの「噂の女」を何回も観て脚本の代わりとしました。
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  京都島原の伝統的風俗を背景に母と娘の愛情と相克の悲劇を描きたい。

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  川口の書いたシナリオは母物で甘くていけない。依田君は間に挟まって寝込んでしまった。東京から成澤(昌成)君を呼び寄せて書かせたんだよ。男を取り合う母と娘の血で血を洗う愛憎を出したかったんだが、会社は興行を考えて一定の線からはみ出さないようにしろと言うんだ。日本映画もこの線から踏み出さないと駄目だね。

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1)太夫とは最上位の遊女
2)この時私が調べた資料では、二条通りの北に御所の官女の宿舎があり、二条はさんだ南に遊郭があったといいます。官女と遊女が間違われるので御所側が遊郭の移動を命じました。 命じられた土地は今の島原ではなく名称も島原ではなかったかも知れないと考えられました。1637~38年に天草及び島原に起こった百姓一揆で、益田四郎時貞を首領とし原城跡に拠り、幕府軍によって完全に包囲され絶滅寸前まで追い込められていました。これを島原の乱と言うていました。
遊郭も太夫を基とする天神、端女郎(鹿恋・白人)に至るまで遊郭の区域から一切外へは出られませんでした。それが島原の乱と全く同じ状況なので島原という名前がついたのです。
3)・天神……揚代が銀25匁であったから、北野天神の縁日(25日)にかけていう。太夫に次ぐもの。一見客は太夫、天神を呼ぶことは出来ません。
           ・鹿恋……端女郎のことで一見客を対象とする。 
・白人……芸のない素人上がりの売春婦。
  この「島原」の成立と様相についてはいまだに諸説がありますが、その参考資料名を
  紹介しておきます。
  ①京都    林屋辰三郎著   岩波新書
  ②遊女の社会史   今西 一著 有志舎
  ③京の花街「輪違屋」物語   高橋利樹著    PHP新書


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1)横浜開港資料館よりの資料写真           写真 2

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  島原の太夫の勢ぞろい         写真 3

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吉野太夫花供養の写真         写真 4
   


3)かしの式について
   ・ 太夫を客に紹介する儀式 …禿 (かむろ・・・呼び方は「かむろっさん」) を両側に控えさせて太夫の名前を呼ばれると大きい木杯       
   をかざして答えます。「太夫道中」も「かしの式」もこの映画には出て来ませんが揚屋の代表である角屋も置き屋と揚屋を兼ねている輪違い屋も参考資料のハンチングとして何日か通いました。
ハンチングに通っていますと、いろんな事が解ります。花魁、娼妓達の時間の合間のおやつを見ますと、ラムネ、サイダー、塩煎餅、かき餅、酢昆布、するめに混じって御所出入りの虎屋の羊羹や千家の茶会に出るような塩芳軒の吹き寄せ、押し菓子などの極上ものを発見します。客の差し入れでしょうか。花魁道中も揚屋に通う(両足で4キロもある)重たい履物もシナの纏足に似て性器を鍛錬するものであると言われていました。花魁の持参する小物入れの中には、コンドームと桜紙も入っているのです。輪違い屋の二階の窓の板戸の裏に相合傘の落書きがあって「竹さんお梅どん」と書いてありました。(名前は正確ではありません)その傘が斜めに書いてあるのです。男性が傘を片手に女性に差しかけて空いた片手を女性の体に回しますと、女性の着物の脇に空いた八口から胸に触れるのです。強烈に中が広い角屋では、太夫さん(こったいさん)を呼ぶのも普通の呼び声では通じませんので「如月こったいさーーん」と唄うように呼ぶのです。答える方も「はーーいーーーぃぃー」と唄うように答えます。


                                
   

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   写真 5
 この香盤は準備稿の段階のものでメインタイトルが「女の家族」になっていますが、
 撮影中に題名は「噂の女」となったのです。


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      写真 6

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     写真 7

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     写真 7a


4)島原の慣習について・ 宮嶋八蔵がメモした一部

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       写真 8     


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  揚屋  遊里で遊女(置屋)から遊女をよんで遊ぶ家 … 角屋は揚屋の代表
置屋  芸娼妓を抱えておく家。自分の家では客を遊興させず、揚屋・茶屋からの注文に応じて芸娼妓を差し向ける。…   輪違屋(途中で揚屋も兼ねる)

映画の「井筒屋」は全く輪違い屋と同じように揚屋と置屋を兼ねていて、セットもセット飾りも全く同じコピーであります。

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   写真 9

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   写真10 (撮影場所 衣装部にて)

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1)作品導入部分

 (1)大映マークからタイトルを通じて始まる音楽は日本映画で初めて使われた電子楽器のクラビオリンです。この音楽については試写の後、批評家の津村秀夫氏は不平を洩らしましたが、溝口先生の意見は「これは黛さんの力です。津村君の負けだね。」とおっしゃっていました。タイトルバックの模様は「輪違い屋」の各部屋の障子の桟です。
 (2)井筒屋(京都市の文化財に指定されているような古い重厚な輪違い屋と同じ表構えのセット。)の前に超超モダンな自動車が停まります。自動車は雪子(久我美子)の象徴です。定石通り、出来るだけ登場人物の生活環境と境遇を興味深く紹介するのです。興味を持たせて早く見ろと言うのを私流では叩いて入る(観客の心と興味を早急に引き込む事)と呼んでいました。これも溝口流の定石です。
 (3)自動車から降りてきた超モダンな雪子(久我美子)と古いやり手女将を目で追いながらの遊女の話でイントロダクションの条件……  主要出役の生活環境とキャラクターを早く観客の興味を引きつけながら説明しているのです。的場医師(大谷友右衛門)と女将(田中絹代)の関係と家の職業に批判的で自己嫌悪な思いを抱いている雪子を紹介してしまっている。これがトップのⅠシークエンスになっています。

■ そのトップの1シークエンスを主なスティール写真でご紹介します■

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   写真 11

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      写真12

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    写真13

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   写真 14

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   写真  15

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    写真   16

 
 (4)詳しい構成については フイルムアート社の映画読本「 溝口健二 」の中に私が書いていますので省きます。

2)ドラマの設定が違いますが、同じ遊郭を背景とする映画「祇園噺子」の木暮実千代さんと「噂の女」の田中絹代さんの芝居を比べて観るのも一興でしょう。



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    上の写真 17


3) ・的場医師を演じた大谷友右衛門さんはミスキャストではないかと言われました……
溝口式に云いますと井筒屋女将を演じる田中絹代さんとその娘役、雪子を演じる久我美子さんの芝居に対する反射がシャープでなく何か腑抜けて鈍感なのですが溝口監督から彼に対する注文は殆んどありませんでした。初号試写を見終わった時、私は、母娘2人の心を手玉にとって良心の呵責もなく鈍感で利己主義な男としては芝居の役所にあったものと思いました。  
 監督の思いとしては男のシャープな反射は作品全体を引いた位置から見れば邪魔になったのでしょう。「シナリオも芝居も一旦引いて考えよ」というのが溝口先生からの教えでした。

 4)この映画の観どころは、田中絹代さんの芝居です。見事に京都弁を使いこなして遊郭の女将の役所、娘と的場医師を巡る確執、自分に恋心を寄せる原田安市(進藤英太郎)を手玉にとって金のやりくり話など正に色恋セックスを商売とする女将を演じて素晴らしい。その演技力が腑抜けの的場医師の役所までも助けているのです。

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     上の写真 18


5)撮影中の思い出
 ・大きいステージに井筒屋の表から奥まで組み込んであります。撮影は表の間から始まったのです。シーンナンバーが飛んでいても表の間をまとめて撮影して次の間の撮影と移っていくのです。シーンナンバー順に撮影するとライトを奥へやったり表へ持ってきたりせねばなりません。溝口組は論理的合理主義製作ですから表から順番に撮影したのです。
予算やライト移動時間を気にしないで撮ったのは衣笠組でした。溝口組の「噂の女」で
表の間の撮影が済み、奥の間の撮影が始まっていた時の事です。撮影が済んで空になった
「表の間」でチーフ助監督の広津三男さんが転寝(うたたね)をしていました。そこへ
奥の撮影現場から溝口監督がやってこられたのです。私はそれに気がついて「広津さん、
先生が来はるよ!広津さん、先生が来はるよ!」と起こし始めた時、すでに溝口先生が横に、立っておられて「起しちゃいかん。起しちゃいかん。疲れているんだよ。予定(撮影)
が済んでも現場を離れた事はないんだから…疲れているんだねー」という優しい言葉を聞きました。

6)「噂の女」の映画で「都おどり」の舞台鑑賞場面 

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     写真 19
 
後姿に写っている的場医師(大谷友右衛門さん)と井筒屋女将(田中絹代さん)
・女将よりも誰でもよい若い娘に興味があるという一旦をちらりと見せているカット。
・この時の調べ物が下の資料        

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      写真 20 (資料)

P21

    写真 21 


8)・太夫道中や、かしの式のように皆様がご覧になれるものでない「調べ物」中に取得した珍しい写真を紹介して終わります。

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写真 22    島原太夫の朝帰り  人権問題を考えて目は隠しました。

次回は「新平家物語 清盛編」から始まります。2部は衣笠貞之助監督の「木曽義仲編」
3
部は 島耕二監督「義経編」で3本共私がつかされました。
Owari


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